[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
◇
あいつはいつも『幼馴染みは偶数がいいな』と言っていた。
奇数だと、どうしたって一人が退屈をしてしまうから。
俺はいつも『幼馴染みは奇数がいい』と返した。
偶数だと、どうしたって一人になれないから。
そんなくだらない言い争いを何度も繰り広げる俺とあいつに、きみは決まって同じことを口にした。
『わたし、ふたりが幼馴染みでよかったなあ』
俺とあいつの間に割って入って、両手に違う体温の手を繋ぐことが幸せだと、笑っていた。
それなのに、今はもう、きみの右側にあいつはいない。
二十歳になったら三人で伊豆に行こう。
そう言い出したのはきみで、あいつがすぐに乗っかって、俺は伊豆がどこにあるのかすら知らなかった。
二十歳になったら、なんて。
あいつは、自分の時間が二十歳になる前に途切れてしまうことを、ずっと昔から知っていたくせに。
叶いもしない約束が、きみを傷つけた。
『○○歳になったら、三人で○○へ行こう』
そんな約束は、俺が覚えている限りでも五つある。
“ 三人で ”
これは叶えようがないけど、歳を重ねるたびに、きみがあの頃行きたがっていた場所に手を引いて連れて行くのが俺にできる唯一だった。
たくさん、色々な場所へ連れて行った。
きみがいつも羽織っているブカブカのジャケットのポケットに、あいつの写真が入っていることは知ってる。
きみは、俺のジーンズのポケットにも、あいつの写真がくしゃりと潰れて押し込まれていることに気づいているだろうか。
「綺麗……」
美しい、綺麗な景色を見て、綺麗と言う。
化粧っ気のない肌を射す西日が、きみの下唇に中途半端に染み込んで、妙に色っぽい。
きみはあの頃よりも大人になった。
小学生の頃は可愛らしかった服装が、制服の六年間を経て、随分と落ち着いたものに変わって、気がつけばまた、昔のように遊び心のあるワンポイントを取り入れたきみだけのファッションになって、すっかり俺の目にも馴染んでる。
この歳にもなって、がきみの口癖に変わっていくのが解せなかった。
似合ってる、の一言も言ってやれない俺の背中を、あいつがバシバシと叩いてる。