[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
「例えばこのまま朝が来なくても、何も変わらないんだろうな」
どっぷりと夜に侵食された狭い部屋の中で、煙草の煙を吐き出しながら、彼が言った。
私は彼に返事はせずに、窓の外を眺める。
彼がこの部屋に来た時よりも、明らかに月は夜空に傾いていた。
朝が来ない、なんて事は多分、ない。
例えば日が昇る前に世界が破滅してしまうのならば、有り得るかもしれない、けれど。
遠く離れた太陽は、明日も変わらずに朝を演じるだろう。
太陽系の端っこで密かに絶滅した人類なんて気にも留めずに。
それでもいい気がした。
死に際になったって、多分私は泣きも喚きもしない。彼だって平然と私を抱くだろう。
「別に、朝なんて来なくてもいいよ」
目が覚めて今と同じように外を眺めたら、瞳に映るのは朝日だ。
もしかしたら、西日かも、しれないけれど。
ゴロリと体勢を変えて暗がりに目を凝らすと、部屋の奥に彼が片膝を立てて座っていた。
煙草の匂いがしたから、吸っている事はわかっていた。
ただ、思いの外離れていた距離に、驚いた。
彼でも私を気遣ったりするらしい。
私は少し、煙草の匂いが苦手だ。