[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
全てに触れてほしいなんて思わない。
末端でいい。
自分の、端っこでいい。
彼が触れてくれるのならば、それで。
喉奥から迫り上がった塊は、声にならずに、鼻腔と目頭の間辺りに集まる。
唇を噛み締めるよりも早く、溢れ出たそれを、止める術など、私は知らない。
彼は見ない振りをして、煙草の残り香を吹いて飛ばした。
このまま朝が来なければ。
彼はずっとここにいて、いつか触れてくれるのだろうか。
それとも、彼の云う通り、何も変わらないのだろうか。
爪先にキスをして、たまに一房、髪を掬ってくれる。
そんな日々が、続くだけ。
謝罪と嘆願を入り混ぜてぐちゃぐちゃにした感情を胸に押し込む。
彼の胸に手をついて、顔を近付ける。
唇が触れる寸前で、私を拒んだ彼から
苦い、煙草の匂いがした。
『だから、私は煙草が嫌い』
(20160218)