[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。


添える花は何がいいかと問えば、そこらに咲く名も知らない花を手折り、アタシの前に横たえてくれたらいいと答えた。


墓標に添える愛の言葉は何がいいかと問えば、永遠に記憶に焼き付いて溶けも消えもしないような最上級の言葉を用意してくれと答えた。


そして僕が彼女に一番近い眠りに就く時には、たった一度『愛している』と囁いてほしい、と。




愛の墓標に添えるなら、両手に抱えても足りないほどの花束を、と僕は考えていた。

口にするとチンケな言葉をつらつらと並べるよりも、ただ一言、『永遠の愛を』と墓標に彫るつもりだった。


けれど、彼女のいない日々はあまりにも冷た過ぎて。

素手で触れるには、凍えてしまうほど冷え切っているのに、それでも彼女を感じたくて。


ドライな性格だった。

几帳面かと思えばものぐさで、器用かと思えば不器用で、気丈だと思えば泣き虫で。

そんな彼女と添い続けて、添い通して、そうして二人、確証のない約束をするはずだった。


『来世もまた、きみに触れたい』

『生まれ変わっても、きみに出逢いたい』

『きみの声が聞こえない場所で、それでも耳を澄ませたい』


冗談でも言うように笑いながら、彼女は知っていたのだろう。


こんな日が来る事を。

愛の墓標に添える言葉も見つからぬまま、ひとり、空へ手を伸ばす彼女に、僕は何を言えるだろう。


高台への道のりの途中、雑草に紛れて色付く名も知らない花を手折った。

その花を彼女の前に横たえて、崩れ落ちるように膝をつく。


愛の言葉も見つからないまま、きみをひとりにしたまま、孤独とも言えぬ虚しさを持て余したまま、僕は吸い込み過ぎた息を漏らす。


「夢なら、醒めてはくれないか。現なら、夢を見せてはくれないか」


きみに、会いたい。

叶わない願望を踏みにじるように、僕は名も知らない花を手のひらですり潰し、ふらりと立ち上がる。


吹き抜けた風に、きみは感じられない。



『醒めない現の果てに逢瀬を』


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