[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
夏が終わるタイミングが、8月の終わりだとはっきり決まっていたらいいのに。
秋と夏の境目はどうにも曖昧で、季節の移ろぎを耳にするだけでは頼りないから、わたし達は夏を引っ張るし、追い縋る。
9月も終わりかけの今は、まだ夏と呼べるだろうか。
そうじゃないと困るのだけれど。
「…これ、かなり遠くまで行くよな」
空いた席に財布の中身を零して、小銭を数えるのはわたしの一番の友人である功(こう)。
他に乗客がいたのなら、恥ずかしいからやめろと注意をしたのだけれど、幸いわたし達の座る車両に人はいない。
放っておいてもうるさいけれど、黙らせようとするとかえって騒がしくなる事を知っているから、あえて無視をする。
「ギリ足りるか…?やー…でもなぁ…」
「…足りなかったら、わたしが貸すよ」
行きの切符を買った時の、功の絶望顔はすごかった。つい笑ってしまうくらい。
もうお札は一枚も無いと言っていた功に、帰りの電車賃まで払わせはしないよ。
ていうか、わたしが払わないと功は帰れないよね。
そしたら…きっと、数日後にジャラジャラと細かい小銭で返ってくるんだ。
奢るよ、と言っても頑に拒否する功は、物事、特にお金にはとても厳しいから。
まあ、数日後とか、先の事は考えないようにしよう。
随分と思い切った事をしたわたしに付き合ってくれているのは功なのだから、後ろ向きな発言は禁句だ。
もし漏らしてしまったら、きっとそれを皮切りに、お前が言い出したんだろ、と何でもわたしのせいにしてくる。
「お前が急に一緒に帰りたいなんか言うからさぁ…」
「うん」
「こんな事すると思わねえじゃん」
ほら、やっぱり言いだした。
こんな事、とは所謂逃避行だ。
わたしと功は帰宅部だけれど、用もないのに一緒に帰る仲ではない。
家は真逆だし、以前寄り道をしていた所を友人に見られて、付き合っているとか有りもしない噂を立てられた。
それからはなんとなく接触を避けていたのだけれど、一人ではすぐに帰りたくなってしまう事を見越して、無理を言って功について来てもらったのだ。