[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
きっと。
後に待っている世界の目から逃げるように、隠れて抱き合う私達は陽の光に晒されてしまえば、泡末の如くパチンと弾けて消えてしまう。
脆い。わたしの心も、見えない彼の心も。
彼に出会うよりもずっと前から、暗い場所で触れられるのは苦手だった。
肌をなぞる指先も、鼓膜をくすぐる吐息も、汗ばむ肢体も、触れ合わなければわからなくて。
目に映るものだけを信じていれば良かった私は、全身で感じるものに怯えてしまっていた。
けれどそれも、長い時の中で少しだけ姿を変えた。
触れられる事を怖がり、触れる事を躊躇っていた私は、どこへ行ってしまったのだろう。
身の内に溶け込ませた声を絡めとるように口付けてくれるから、もうそれでいいと思ってしまう。
酸素が圧倒的に足りない。それでも私の肺に篭る二酸化炭素が愛おしい。
「…っ」
触れる指先は繊細で、優しい。
だから辛い。淋しさが消えない。
いっそ乱暴に、残酷に触れて欲しい。
こんな夜を後何度重ねたら、私達の罪は消えるのだろうか。
償って、今あるものを全て壊して、そうしたら全部、全部、消える。
愛おしい彼も、帰らなければならない場所も。
息が苦しくて、切なさを混ぜた冷たいものが目尻から溢れ、こめかみに滲む。
じわ、とシーツにまで伝う雫は微かだけれど確かな形を持ってそこに残るから、涙を流すのも苦手だ。