[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
彼は夢を見せてくれた。
それはそれは、幸せな夢を。
決して都合よく変換も変更も出来ないけれど、幸せで不確かで儚い夢を。
愛すれば愛するほど、焦がれたら焦がれるほど、泣けば泣くほど、惨めになった。
彼はわたしを見てはいない。ましてやわたしを見ようともしていない。
それでいい。それがいい。
彼を見ていたんじゃない。彼の瞳に映るわたしを見ていた。
自ら翼を手折り、脚に鎖を嵌め、唇に硬化するルージュを塗り付けたわたしのどこが美しいの。
ある人はきっと、わたしを『美しい』と言うだろう。
ある人はきっと、わたしを『醜い』と言うだろう。
それでも、彼の目にわたしは映らないだろう。
かなしくて、けれど「哀しい」とは言えない。
だって、彼は「哀しい」意味すら知らない。
『知らない方が幸せよ。』