[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
今思えば、全てが上手く行き過ぎていた。
毎回『これが最後なのではないか』と思いながら、それでも“次”が来ることを信じ切っていた。
覚めない夢はない。いつかは終わる。
それが私達にとっては今日、だった。
「あと、何分…?」
普段話す時よりも数トーン低い声。
ゾクリと背筋を駆け上がるものを感じながら、重い腕を持ち上げる。
手首にぴったりと填まるシンプルなデザインの腕時計は私のお気に入り。
私を“待っている人”がくれた物だ。
私が本当に欲しいものは何一つ与えてくれないのに、こういう物を選ぶセンスだけはピカイチなんだから。
彼との時間には何もいらない。
私と彼がいればいい。
けれど私は自分を戒める為、いつだって罪の意識を彫り込む為に、この腕時計だけは外さない。
彼の首筋に流れるネックレスも、多分同じような理由だ。