[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
沈没飛行
喫茶店を出た後、どこに寄るでもなく真っ直ぐに帰路を歩きながら、ぼんやりとしていた。
言い過ぎたかな、とは思ったけれど、あんなことを言われて黙っていられるほど気の長い人間ではない。
腹が立ったし、そんな風に思われていることが寂しくて仕方がない。
あの人がわたしにどれくらい執心しているのかは計り知れないけれど、たまに伝えてくれる言葉の端々に滲む想いは、きっと本物で。嘘なんかじゃない。
わかっているのに、不安になるなんて面倒くさい女のようでイヤだけれど、女の子は女の人になったって面倒でワガママなものなんだ。
人より少し、ほんの少し達観しているせいで得も損も釣り合いのとれた、何とも言えない生き方をしているのだから、人並みなことを言ったりしたりしてもいいだろう。
「今更…だもんね」
戻りたいと願うほど後悔してはいない。
かといって謝ることで解消されるものでもない。わたしとあの人の間にある壁は。
初めてあの人を見た時、思わず目を逸らしてしまったことは、たぶん一生忘れられない。
あの人の顔に残るケロイドをこわいと思ってしまったのは事実で、変えられない過去の出来事だから。