[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
今更そのことを蒸し返そうとは思っていないし、もし話題に上がったとしても、お互いにそんなこともあったねと言えるはず。
しなくていいことはしないし、言わなくていいことは言わない。
それがわたしとあの人の間にある、細い糸目のようなものだ。
あの人の考えていることなんて、言われなくても大体は察してしまえる。
そのくらい、距離の近い関係になってしまっているのだから。
なんでこうなったんだろう、とは思うけれど、あの人のいない未来を想像出来ないくらいには、わたしはあの人に惚れ込んでいる。
臆病な人。
わたしに似合う男って、そんな模範があったのかと呆れてしまう。
『好きと好きで愛してる』が、そう簡単に成り立つものではないことを、とうに知っている。
ただ、お互いが手放せない存在になっただけ。
逃げようものなら、その足首にしがみついてでも、なんなら噛み付いてでも繋ぎ止めようとするだけ。
あの人以外の男性と懇意になったことも、まして付き合ったこともないわたしにとって、あの人は恋愛面での全てなのだ。
依存している、というと何だか笑えてしまうけれど、あの人無しで生きていけるかといわれると、あまり自信がなかったりする。