[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
「あと……にじゅう…」
喉の奥にへばりつく音を何とか声として虚空に押し出して、驚いたのは私の方。
彼が『あと、何分?』と尋ねてくるタイミングは、もう癖になっているのか、大体残り20分前後。
それを彼も気付いているから、いつも答えようとすると深い口付けで遮られるのに。
言わせてくれた…?何で?
訊かれたら答えるのは当然。
それなのに、私は彼との時間になると全ての感覚が麻痺する。
言わせてくれた。ただそれだけの事に一抹の不安を覚える。
訝しげに眉を寄せて見せると、薄暗い中にも拘らず私の表情の変化に気付いたのだろう。
彼は苦い顔をして私の胸元に一筋の汗を落とした。
気のせいであってほしい。
胸の隅にポツンと浮かんだ波紋が杞憂であったのなら、それでいい。
私は彼との時間を重ね過ぎた。逢瀬と呼ぶには霞む程に汚れていて、けれど大切な時間。
お互いを“待っている人”とよりも、ずっとずっと長い時を過ごしてきた。
だから…わかる。
他の誰も気が付かないような事。
私達にしか、わからないような事。