[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
触れそうで触れなかった手のひらを彼女の背中に添えて、ゆっくりと摩る。
温かな体温を手のひらに感じながら、彼女の声を聞く。
「貴方じゃないと駄目な理由なんて見つからなかったけど、貴方がいい理由なら、一つだけあったから」
僕がいい理由がいくつも欲しいと思ってしまうのは贅沢だろうか。
胸をチリリと焼く、その気持ちの正体には後で目を凝らすとして。
「…そんなに見ないで」
照れたように、やっと少し笑ってくれた彼女が、ぽつりと小さく言う。
「この手にひとつ残るなら、貴方がいいなって、思って…」
ごめんね、もっと期待してたでしょ? なんて眉を下げるから、もうどうしようもないなと思う。
「僕はきみが思ってるよりずっとズルいし嫉妬深いし、何でも知りたいし、面倒だけど、いいの?」
「面倒なのは知ってるよ」
「そうじゃなくて…いいの?」
語尾が小さくなるのは、こんな遠回しな言葉じゃなくて、はっきり告げなきゃいけないって自分でわかっているから。