[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
墜ちることも、沈むこともこわがって、飛び立てない僕らは、きっと二人になったって、臆病なままだけれど。
墜ちるとわかっている飛行機に乗らなくたって、沈むとわかっている船に乗らなくたって、ただこの手を繋いで歩いていけばいい。
「隣にいてくれますか」
何も掴めやしないこの手を、伸ばせばきみに届く距離にいて欲しい。
大切だって、手放せないって、わかっているから。
これまでは見過ごして、隠していたことを、今更暴いていこうなんて恥ずかしいし、順序だっておかしいけれど。
「何があっても大丈夫だろうし」
「…よくもまあそんな大口を……」
言えたもんじゃないのはわかる。
けれど、前に彼女だって大したことを言ってくれていた。
「好きだとか愛してるだけじゃ済まなくなったもんをどうしろと」
「馬鹿にしてるでしょ」
「してないよ。上手く言えないけど、きみがいい」
じっと僕の目を見ていた彼女も、さすがに言い返せなくなったのか、赤い目元を綻ばせて笑う。