[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
ベッドサイドに置いた携帯の通知ランプが、夜中から点滅していることには気が付いていた。
それは友人からのメッセージで、別に見たくないとか返事をしにくいだとか、そういうわけではない。
ただ、今は誰とも会いたくないし関わりたくない。
ぼうっと携帯に目を落としていると、ちょうどメッセージを受信した瞬間で、画面がぱっと明るくなる。
朝だか夜だかもわからない薄暗い室内に慣れていた私に、その光は炎のように目をじりりと焼く。
携帯に表示されたメッセージから、目を逸らしたつもりだったけれど、私はそこそこ長いその文章を断片的に脳へと送ってしまっていた。
五感は確かに正常に働いているのに、言葉は透過してくれなくて、黒く塗りつぶされて弾かれていく。
なにひとつ明瞭でない記憶の中で、不確かなものを見つけ出すことさえ難しい私はもがくしかなくて。
ああでも、あの林檎をひとつ持ってここへ来た彼が、もう二度とこの家に訪れることはないと、それだけは知っている。
(残しておきたかったの、形のあるものは、あれしかなかったから)
(20170908)