[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
「…すき、です。声。すごく、なんていうんだろ…一生忘れられないような。死ぬその瞬間に思い出す、みたいな…声」
ああ、何言ってるんだろう。ばかみたいだ。
綺麗だとか、澄んだ声だとか、胸に響くとか、そういう事を私は確かに感じていた。
体育館の中に散らばった歓声に、そんな賞賛はたくさんあった。
ありきたりな感想が溢れかえって、それ以上はなくて、だから拍手の洪水が巻き起こっていたのに。
…なんだろう。わからない。頭の奥に滲むものが何なのか。
私はさっき、何も言えなかった。
出尽くした言葉じゃ、彼にはもう届かないんじゃないかと思って、でも何かを伝えたかった。
それが…よりによって、死ぬ瞬間に思い出すような、なんて変な喩えをしてしまって。
すごく申し訳ない。
「そんな事、初めて言われた」
怒っているかな、呆れているかな。
恐る恐る顔を上げると、私の予想はどちらも違っていて、くすりと笑みを零す彼。
私はそんな事でまた調子に乗ってしまう。
「いつもは、そこになくても…ふとした時に思い出して、そばにあるといいなって思います。仕舞っておきたいけど、失くしたくはないっていうのかな…」
「うん。他にも聞かせて」
「え?えっと…空を見た時に、貴方の姿が透けて見えて、声が耳の奥に木霊するんじゃないかな…たぶん。わかんないけど」
「っ…ふふ。そっか。うれしいなあ」
嬉しい?
だいぶワケのわからない事を言っている自覚があるのだけれど、嬉しいのか。
変わった人だな。
今の状況では、私も相当に変わり者だけれど。