[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
好きだとか、愛してるだとか
そんな言葉は僕らの間になかった。
言葉がなければ想いもなく、想いがないから言葉が見つからないのか、多分その両方がアンバランスに、だけど、均衡を保っていてくれたのだと思う。
「たまに、君がもし死んでしまったら、この世界がぶっ壊れるんじゃないかって思うよ」
川面に揺れる夕日に目を細める。
肩が触れそうで触れない距離に座る君の横髪が風に靡く。
「なにそれ。私が死んだって何も変わらないでしょ」
「そうかも。けど、僕はきっと駄目になる」
小さな田舎町で影法師に溶ける君が人知れずいなくなったところで、世界は動じない。
夜を引き摺られて、朝に追われて、それに巻き込まれていく僕は、いつか大切だったはずの君のことさえ、忘れてしまうのかもしれない。
けど、確かに、ひとつだけ。
「君が居て、僕の世界は成り立ってる」
君がひとり欠けたくらいでは変わらないと、君は思っているのかもしれないけど、ちがう。
僕にとって君は、一番真ん中にある、一番大切なパーツ。