[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
「ごめんな」
鼓膜を震わせるのは、私が好きな彼の吐息じゃない。
謝らないで。
私はあなたにそう言われると、どうしたらいいのかわからなくなる。
馬鹿みたいだ。
私は、脆くて弱い。一人で立つことすら出来ない。
私がいなくてもしゃんとしていられる彼とは違う。
重苦しい空気が充満する世界に押しつぶされないように、誰かに守ってもらわなければ、生きられない。
こんなじゃなかったのに、私は彼との時間を重ねる度に弱くなっていった。
謝罪一つで狼狽してしまうような、不安定な人間じゃなかった。
「っ……やだ…」
「わかっていた事だろ。泣くな。お前が泣くと、俺は困る」
腕の中で首を横に振る私を、彼が優しく諭す。
覚めない夢なんてない。
出来ることなら、ずっとこの夢に浸っていたいけれど、私達を待つ世界は優しくはないから。
否応なしに引き摺り戻されてしまう。