[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
黙ってきみのもとを去ることが、本当は一番きみのためになるって、わかってた。
きみの気持ちがもう僕に向いていないことも、また僕を好きになろうとしてくれていることも、曖昧な言葉を避けようとして、たったの二文字すら伝えられなくなったことも、ぜんぶ。
きみを好きな僕と
僕以外の人を好きになったきみと
僕の知らない、きみの好きな人
きみと僕が幸せになるための準備は、きみのためにならないと気が付いたから、僕は違う準備を始めた。
きみのいない金曜日。
仕事で遅くなるというけれど、翌日の昼前に帰宅するきみは決して僕と目を合わせなくて、少し赤い目元を指摘すると、なんでもないよと笑う。
きみの好きな人のそばで、少しでも僕を思い出して泣いてくれているのなら、それだけで僕は幸せで。
今はもう、触れられなくて
この先も、触れられなくても
きみが僕を好きでいてくれた時間が確かにきみと僕の中にあるのなら、ずっと幸せでいられる。