[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。



僕は彼女の泣き顔を見たことがない。

高校時代から付き合い始めて、同棲ももうすぐ3年目だというのに、1度も。


いつでもにこにことしていて、彼女も仕事に就いている身なのに僕が帰宅すると疲れを見せる様子もなく、おかえりと笑う。


別に今時珍しくないよ、と彼女が自らの過去を話してくれた事がある。

至って平凡な人生を歩んできた僕が思わず眉根を寄せてしまうくらいには、壮絶なものだった。


そんな話でさえも彼女は、過ぎた事だと笑うのだ。


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