[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。


「泣いてもいいよって、あなた前に言ってくれたけど…」


そんな事もあった。

お互いに余程多忙な時期でなければ毎日穏やかな時間を過ごせる事から、DVD観賞が2人の趣味でもある。

悲恋系や動物もの、ドキュメンタリー映画等から彼女の涙を誘った事もあるけれど、どれも駄目だった。


もう理由はどうであれ彼女の涙を見たい。

そんな思いから“泣いてもいい”と言ってみた時の事だろう。


今思えば最低なセリフだ。


「私、あなたの前で泣くのは嫌だなあ…」


ようやく顔を上げた彼女はやはり、笑顔を浮かべる。


だからきっと。


その横顔がどこか切なげだったのは気のせいだ。


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