[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
日付が変わって、夜も更けた頃。
いつもは一度眠りにつけば朝まで起きる事はないのに、今日に限って目が覚めてしまった。
眠る前にコーヒーを飲んだせいだろうか。
なぜ寝る前に、とは思ったけれど彼女の淹れるコーヒーは美味しい。
両手でマグカップを差し出されては断れるはずがない、と内心苦笑して隣で眠る彼女を腕の中に引き寄せる。
規則正しく、可愛らしい寝息が耳を心地よくくすぐる。
暗闇に目が慣れてくると、口元で手を丸めて眠る様子がよく見えた。
「…可愛い」
髪を撫でて頬を押し上げて、額に口付けて。
夜中に目が覚めるとこんな事も出来るのだと、得をした気分だ。
ウトウトと眠気が舞い戻ってきた。
今からならまだ眠り直せるだろう。
彼女の頭に押し付ける様に顔を傾けて、そっと手を握る。
「…ん?」
違和感を感じた。
意識しなければ気付かないくらいの、ほんの些細な違和感。
彼女のパジャマの袖が
湿った様に、濡れていた。
何か零したのだろうか。
いや、そんな訳はない。
まだ全然乾いていないという事は、もしかして。
慌ててスタンドライトをつけて彼女の顔を覗きこむ。
少し赤みがかった下瞼。
透明な雫がまだ数滴残るまつ毛。
白く滑らかな頬に残るのは
涙の跡、だった。