[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。


日付が変わって、夜も更けた頃。


いつもは一度眠りにつけば朝まで起きる事はないのに、今日に限って目が覚めてしまった。


眠る前にコーヒーを飲んだせいだろうか。

なぜ寝る前に、とは思ったけれど彼女の淹れるコーヒーは美味しい。

両手でマグカップを差し出されては断れるはずがない、と内心苦笑して隣で眠る彼女を腕の中に引き寄せる。


規則正しく、可愛らしい寝息が耳を心地よくくすぐる。

暗闇に目が慣れてくると、口元で手を丸めて眠る様子がよく見えた。


「…可愛い」

髪を撫でて頬を押し上げて、額に口付けて。

夜中に目が覚めるとこんな事も出来るのだと、得をした気分だ。


ウトウトと眠気が舞い戻ってきた。

今からならまだ眠り直せるだろう。


彼女の頭に押し付ける様に顔を傾けて、そっと手を握る。


「…ん?」

違和感を感じた。

意識しなければ気付かないくらいの、ほんの些細な違和感。


彼女のパジャマの袖が

湿った様に、濡れていた。


何か零したのだろうか。

いや、そんな訳はない。

まだ全然乾いていないという事は、もしかして。


慌ててスタンドライトをつけて彼女の顔を覗きこむ。


少し赤みがかった下瞼。

透明な雫がまだ数滴残るまつ毛。


白く滑らかな頬に残るのは

涙の跡、だった。

< 99 / 112 >

この作品をシェア

pagetop