甘党バレンタイン
「ごちそうさまでした!!」
いっぱいあって残るかも、と思っていた料理も、二人で食べればあっという間で、綺麗に食べ尽くした。
拓実は今、台所で皿洗いをしている。
僕も手伝うって言ったのに、『お客さんだから!』って断られた。
だから仕方なくリビングで大人しく座っている。
「あー、もう食えないー」
そう言って、床にごろんっと寝転がると、洗い物を終えた拓実が、手を拭きながら、ほんとに?と聞く。
「うん。拓実の料理美味しかったから、いつも以上に食べた気がする」
ほんと、僕の母さん以上に旨かった。
「そっかー、残念だなー」
洗い物が終わったのか、拓実はこちらに来ながら笑い混じりの声で言う。
「ん?何が────……おおおおおお!!」
拓実のほうをみた僕は、ばっと起き上がって思わず叫ぶ。
「お腹いっぱいならこれも、食べれないよな」
にやにやと笑う拓実の手には小さな小さなキチョコレートのホールケーキ。
「食べれない訳がない!!」
「だと思った」
そう言った拓実は、料理が片付けられ、何もなくなったテーブルに、そのケーキを置く。
「俺からのバレンタインプレゼント」
にこっと笑ってフォークを俺に差し出す。
え、笑顔が眩しいっ!!
後光が差してるんじゃないだろうか……。
拓実の後ろに神か天使が見える。
「あ…ありがと…っ!」
嬉しさのあまり震える手でフォークを受け取り、1口掬って口に運ぶ。
「んんんんん!」
口いっぱいに甘さが広がる。
でも、甘すぎず、すっと溶けるように甘さが引いていく。
チョコレートも重たくなくて次の一口がさらに欲しくなる。
そしてスポンジと合わさることで、スポンジのふわふわ感を増して、美味しさも増している。
「おいしい!おいしいよ、拓実!」
「よかったー。お腹いっぱいになるだろうって思って小さくしちゃったけど」
「いいよ!
むしろ全部美味しく食べられそう」
次々とケーキを口に運ぶ僕の前に、拓実が座ってこちらを見つめる。
そこで、拓実も1口いる?って聞こうと思って思い出した。
そういえば、拓実って甘いもの嫌いだっけ……。
それなのに僕に作ってくれたのか……。
嬉しくて、少し涙が出そうになり、ケーキを食べる手を止める。
「あ、やっぱお腹いっぱい?」
「そうじゃなくて…」
「甘すぎた…?
ごめん…、味見したんだけど、こういうのよく分からなくて」
……苦手なのに味見までしてくれたのか………。
「だから、そうじゃなくて、本当に…本当に……あ、愛されてるなって……」
そう言ってから、自分の言った言葉を思い出して顔が熱くなる。
自意識過剰にも程がある…っ!
「あ、いや……、ちが…」
言い直さないと!
間違ってはないんだけど、言い方が…!
そう思って拓実を見る。
俺と目が合うと、きょとんとしていた拓実はあはははっと笑った。
「あははっ、だって愛してるからな」
「うっ」
うっわー!
その笑顔、その笑顔はやばい。
「あ…あ、ありがと……あ、えっと……あっ!」
返す言葉が見つからずしどろもどろしていると、肝心なことに気づく。
僕……
「僕、プレゼント用意してなかった……」
バレンタインは女子のものって決めつけて、何にも用意してなかった!!
拓実は甘いもの苦手だしって迷ってて買えなかったし……。
でも物ならあげれたはずなのに。
何でもいいからとりあえず何か買えばよかった。
拓実なら何でも喜んでくれそうなのに……
後悔がどっと押し寄せて悩み始める俺に、拓実がいいよ、っと返す。
「いいよ。こうやって夏樹とバレンタインを過ごせただけで良いプレゼントだよ」
そう言って微笑む。
「で、でもそれは僕も嬉しいから、僕もプレゼント貰ったことになる!」
僕はこんなにいいプレゼントを貰ったんだ。
僕だって拓実にしかあげられないプレゼント用意しなきゃ……。
「んー……。じゃあ、一つお願いがあるんだけど……」
「何!?何でもいいよ!」
「じゃあ……。夏樹からキス、してよ」