狂気の王と永遠の愛(接吻)を~イベント編~
城の最上階までの広い階段を無言のまま上へ上へと移動する若い剣士。一歩上がるたびに浄化された空気はますます神聖さを増していき、まるで神の領域へと足を踏み入れた気分になるのは決して勘違いなどではない。
彼が目指す最上階には、悠久の王にして五大国第二位のキュリオとその愛娘のアオイの寝室がある。神聖さの根源は王であるキュリオから放たれているものだが、悠久の王の神髄でもある癒しと浄化の力は大地をめぐりこの悠久全体を覆いつくすほど強大なものである。
天才と謳われる<大魔導師>ガーラントやアレスを除く王宮の魔術師がいくら優秀といっても、瀕死の者を完治させるまでには大抵数日を要すると言われており、それがキュリオにかかれば瞬きを二度繰り返すころには完治しているのだからどれほど偉大であるかがよくわかる。
この世界を創造したのが神だとしても、民が崇拝して止まないのはやはり絶対的な己の王だ。
その神がかりな能力もさることながら、自国の民へ平等に愛を注いできたキュリオ。即位して五百年以上、特定の人物へ好意を向けることのなかった彼が、たったひとりの存在によってその心は大きく変わっていった。他人へ執着することなどなかった王が、彼女の訪れを待っていたとばかりにその熱情を一気にアオイへと注ぎはじめたのだ。
当の彼女は与えられる愛を一身に受けて健やかに愛らしく育ったが、ここに来て溺れるほどの愛に戸惑いを見せている。人生のほとんどを城で過ごした彼女にとって、自身が目にしてきたものが当たり前だと思い込んでいたが、城の外へ出たことをきっかけに今までが特別だったのだと知ることとなったのだ。
すべてが新鮮で満ち足りた学園生活を愛した彼女は悉くキュリオと対立し、ふたりの間に流れる不協和音は日を追って色濃くなっている気がする。
彼女が赤子の頃から世話係や教育係……とは名ばかりの遊び相手だったカイ。このまま城の中で変わらぬ優しい時を姫君と過ごしたいと願う反面、彼女の希望を叶えてやりたいという複雑な想いが入り乱れている。
しかし、彼の主(あるじ)はアオイの父であるキュリオだ。キュリオの命に背くようなことがあっては万が一にもあってはならず、姫君の従者という立場を越えた感情を抱く彼は陰ながら助けの手を差し伸べることでしか己の想いを表現する術を持たない。
重い足取りのまま階段を登りきると、迷わず姫君の部屋を目指して歩みを進める。
至る所に掲げられているキュリオの魔法と思われる灯火に炙り出された自身の影を伴って辿り着いた扉の前。目を奪われるような銀細工の美しい装飾がカイの心を引き締めにかかる。王と姫君にのみ許されたその装飾を目にするたび、身分の違いが遥か高くにあることを自覚させられる。
胸の内を吐き出すように深い呼吸を数回繰り返した後、右手を握りしめたカイは控えめなノックで愛しい姫君の返事を待つ。
――コンコン
「……アオイ姫様、起きていらっしゃいますか?」
「…………」
例えアオイが眠っていようとも、よほどの用事がある場合入室を許可されているカイは静かに扉を押して部屋へと足を踏み入れる。
完全に灯りが落とされた姫君の部屋では窓辺に飾られた花が爽やかな香を運んでいたが、わずかに開かれた窓の隙間からくる冷気がアオイの体に障らぬよう窓を閉めて暗幕を引く。
部屋の中でこれだけ歩き回ってもアオイの声が掛からないことから、熟睡しているであろうことがわかるが、体調の優れない今はとくに食事を抜いてしまうのはよくない。
ゆっくりと近づいた天蓋ベッドの幕を退けて中を伺うと、暗闇でもわかる蒼白い顔のアオイが静かな寝息をたてて目を閉じていた。
「…………」
(こんなに調子がお悪そうなのに……それでも学園へ行きたいのですね)
――額からじんわりと広がるぬくもりにゆっくりと浮上していくアオイの意識。
「……」
アオイは暗がりの中、定まらない焦点で天井を見つめるとその視界の隅に見慣れた顔を見つけた。
「カイ……?」
「……すみませんアオイ姫様、お返事がなかったので勝手に入って来てしまいました」
「……ううん、私こそ気づかずにごめんね」
自身の額から遠のく手を見送ってから上体を起こしたアオイ。
そんな少女の背を支えながらグラスに注いだ水を手渡したカイは心配そうに顔を覗き込む。
「お気になさらずに。……間もなく夕食の時間ですが、お部屋に運びましょうか……?」
アオイの体に気遣いながら声を下げて伺いをたてる。
「うん……お願いしてもいい? ……あ、その前に湯浴みに行きたいな」
「じゃあ着替えは俺がお持ちしますので、そのまま湯殿へ向かわれてください」
「ありがとう」
「……っ!」
目と鼻の先で微笑むアオイにカイが息をのむ。
ベッドから立ち上がるアオイの手助けをしながらも、どことなく視線が落ち着かないカイはそのまま背を向けてクローゼットへと歩いて行ってしまった。
「カイ、どうしたの……? 落ち着きがないみたいだけど……」
「……いいえっ……そ、そういえば……、先ほどキュリオ様がお戻りになられたようですが、ご挨拶なさいますか?」
「……っ! 会いたくないっ……」
どことなくおかしなカイが気になったが、キュリオの名前を聞いたとたん湯殿へと走り出していたアオイはその理由を聞けず仕舞いだった。
彼が目指す最上階には、悠久の王にして五大国第二位のキュリオとその愛娘のアオイの寝室がある。神聖さの根源は王であるキュリオから放たれているものだが、悠久の王の神髄でもある癒しと浄化の力は大地をめぐりこの悠久全体を覆いつくすほど強大なものである。
天才と謳われる<大魔導師>ガーラントやアレスを除く王宮の魔術師がいくら優秀といっても、瀕死の者を完治させるまでには大抵数日を要すると言われており、それがキュリオにかかれば瞬きを二度繰り返すころには完治しているのだからどれほど偉大であるかがよくわかる。
この世界を創造したのが神だとしても、民が崇拝して止まないのはやはり絶対的な己の王だ。
その神がかりな能力もさることながら、自国の民へ平等に愛を注いできたキュリオ。即位して五百年以上、特定の人物へ好意を向けることのなかった彼が、たったひとりの存在によってその心は大きく変わっていった。他人へ執着することなどなかった王が、彼女の訪れを待っていたとばかりにその熱情を一気にアオイへと注ぎはじめたのだ。
当の彼女は与えられる愛を一身に受けて健やかに愛らしく育ったが、ここに来て溺れるほどの愛に戸惑いを見せている。人生のほとんどを城で過ごした彼女にとって、自身が目にしてきたものが当たり前だと思い込んでいたが、城の外へ出たことをきっかけに今までが特別だったのだと知ることとなったのだ。
すべてが新鮮で満ち足りた学園生活を愛した彼女は悉くキュリオと対立し、ふたりの間に流れる不協和音は日を追って色濃くなっている気がする。
彼女が赤子の頃から世話係や教育係……とは名ばかりの遊び相手だったカイ。このまま城の中で変わらぬ優しい時を姫君と過ごしたいと願う反面、彼女の希望を叶えてやりたいという複雑な想いが入り乱れている。
しかし、彼の主(あるじ)はアオイの父であるキュリオだ。キュリオの命に背くようなことがあっては万が一にもあってはならず、姫君の従者という立場を越えた感情を抱く彼は陰ながら助けの手を差し伸べることでしか己の想いを表現する術を持たない。
重い足取りのまま階段を登りきると、迷わず姫君の部屋を目指して歩みを進める。
至る所に掲げられているキュリオの魔法と思われる灯火に炙り出された自身の影を伴って辿り着いた扉の前。目を奪われるような銀細工の美しい装飾がカイの心を引き締めにかかる。王と姫君にのみ許されたその装飾を目にするたび、身分の違いが遥か高くにあることを自覚させられる。
胸の内を吐き出すように深い呼吸を数回繰り返した後、右手を握りしめたカイは控えめなノックで愛しい姫君の返事を待つ。
――コンコン
「……アオイ姫様、起きていらっしゃいますか?」
「…………」
例えアオイが眠っていようとも、よほどの用事がある場合入室を許可されているカイは静かに扉を押して部屋へと足を踏み入れる。
完全に灯りが落とされた姫君の部屋では窓辺に飾られた花が爽やかな香を運んでいたが、わずかに開かれた窓の隙間からくる冷気がアオイの体に障らぬよう窓を閉めて暗幕を引く。
部屋の中でこれだけ歩き回ってもアオイの声が掛からないことから、熟睡しているであろうことがわかるが、体調の優れない今はとくに食事を抜いてしまうのはよくない。
ゆっくりと近づいた天蓋ベッドの幕を退けて中を伺うと、暗闇でもわかる蒼白い顔のアオイが静かな寝息をたてて目を閉じていた。
「…………」
(こんなに調子がお悪そうなのに……それでも学園へ行きたいのですね)
――額からじんわりと広がるぬくもりにゆっくりと浮上していくアオイの意識。
「……」
アオイは暗がりの中、定まらない焦点で天井を見つめるとその視界の隅に見慣れた顔を見つけた。
「カイ……?」
「……すみませんアオイ姫様、お返事がなかったので勝手に入って来てしまいました」
「……ううん、私こそ気づかずにごめんね」
自身の額から遠のく手を見送ってから上体を起こしたアオイ。
そんな少女の背を支えながらグラスに注いだ水を手渡したカイは心配そうに顔を覗き込む。
「お気になさらずに。……間もなく夕食の時間ですが、お部屋に運びましょうか……?」
アオイの体に気遣いながら声を下げて伺いをたてる。
「うん……お願いしてもいい? ……あ、その前に湯浴みに行きたいな」
「じゃあ着替えは俺がお持ちしますので、そのまま湯殿へ向かわれてください」
「ありがとう」
「……っ!」
目と鼻の先で微笑むアオイにカイが息をのむ。
ベッドから立ち上がるアオイの手助けをしながらも、どことなく視線が落ち着かないカイはそのまま背を向けてクローゼットへと歩いて行ってしまった。
「カイ、どうしたの……? 落ち着きがないみたいだけど……」
「……いいえっ……そ、そういえば……、先ほどキュリオ様がお戻りになられたようですが、ご挨拶なさいますか?」
「……っ! 会いたくないっ……」
どことなくおかしなカイが気になったが、キュリオの名前を聞いたとたん湯殿へと走り出していたアオイはその理由を聞けず仕舞いだった。