狂気の王と永遠の愛(接吻)を~イベント編~
自由のない城の中で…
『……アオイ姫様、お着替え置いておきますのでごゆっくりなさってくださいね』
湯殿と脱衣所を隔てた扉の向こうからカイの控えめな声が響く。
キュリオに会いたくないと口走ったからには気落ちしている原因がそこにあると気付かれてしまったかもしれない。
「……ありがとう。お父様になにか聞かれたら私は眠ってるって伝えて」
『……畏まりました』
カイの気配が遠ざかると、アオイは湯の中に沈んだ幻想的な光を放つ球型のオブジェを両手で包み込んだ。
(……夜が息苦しく感じる。早く朝になればいいのに……)
同じ城の最上階に部屋があるキュリオとアオイ。そのほとんどを父親の寝室で過ごすのが当たり前となっており、自分の部屋に閉じ籠ろうものならキュリオが迎えにくるのはわかっている。
「お城に居る限り逃げ場なんてない……」
アレスやカイの部屋に逃げれば罰を受けるのは彼らだ。だからこそこの部屋で籠城を決め込むしかないのだが、一体どれほどの抵抗ができるのだろう?
(鍵をかけて早めに眠ろう……そして朝早くにお城を出れば……)
手にしたオブジェをため息とともに湯へ沈めると水面下で反射したそれが湯殿の天井に光の波を映し、ここが湖の底であるかのような錯覚に陥る。
まるで魚が空に焦がれるように、外の世界へ憧れに似た恋しさがアオイの胸に広がっていく。
「そういえばシュウ……働いてるって言ってたっけ」
自立している彼ならばその経験を生かした将来像をすでに描いているかもしれない。
そう考えると、自分はなにが出来るのだろう? 学園を卒業したあとに待ち受けているのは再びこの城で過ごす……キュリオや皆の愛にあふれた毎日だ。
(こんなこと思っちゃいけない。お父様の愛が苦しいだなんて……)
やがて身を清めたアオイは寝間着に袖を通し、濡れた髪を整えながら扉を抜けて部屋に戻る。
「あ、アオイ姫様お帰りなさいませ!」
「ただいま……」
ベッドとは反対側にあたる広い空間に並べられたソファとテーブルのある場所にカイは立っていた。所狭しと置かれた料理が美味しそうに湯気を立てているが、咄嗟に気になったのは廊下に通じる扉の鍵だった。
「……? 如何なさいました?」
「ううん、なんでもない……。ね、カイも一緒に食べよう? 私ひとりじゃ食べきれないよ」
王と姫が家臣らと食事の席を共にすることは通常有り得ない。幼い頃からそうして過ごしてきたアオイとカイだが、学園へ通うようになってからはそのような垣根を壊してここでもカイやアレスと食卓を囲んでみたいと強く思うようになっていたのだ。
「……、アオイ姫様……」
"キュリオ様の意に反することだったらお助け出来ないのはわかってるよね"
思わず頬が緩んでしまいそうになるのをグッと堪えたカイが口元をキュッと引き締めて。
「……申し訳ありません。俺はもう先に頂いてしまいましたので、食べきれないときは残してくださって結構ですよ」
(……っ駄目だ、キュリオ様を裏切るわけにはっ……)
脳裏を過るアレスの忠告。愛しい姫の頼みとあらば何でも聞いてやりたいのが本音だが、王の命に背いて世話係を外されてしまったら元も子もない。
「……そっか、じゃあ仕方ないね」
寂しそうに俯いてフォークを手にしたアオイの姿に胸が痛む。彼女の心を救いたいと願いながらも逆に苦しめてしまっているという自覚がカイの決意を大きく揺るがす。
「お、俺っ! ご一緒できないことは多いですけど……いつも姫様のこと想っておりますから!」
「……ありがとう。私もカイのこと想ってるよ」
その言葉に顔をあげたアオイは嬉しそうに微笑んだ。
告白じみた発言にも優しく笑みを返しながら頷くアオイはきっと想い違いをしている。しかし、心の籠った言葉を交わすだけで得られる安心感というものがある。それを証拠に幼い姫の顔には柔和な表情が戻り、笑い声を聞かせてくれるようになった。
――こうして幾分気が紛れたアオイはカイとの穏やかな余韻を残しながらも扉が施錠されていることを確認し、早めの眠りへとついたが……その数時間後、目の前の光景に驚愕することとなろうとは思いもしなかった――。
湯殿と脱衣所を隔てた扉の向こうからカイの控えめな声が響く。
キュリオに会いたくないと口走ったからには気落ちしている原因がそこにあると気付かれてしまったかもしれない。
「……ありがとう。お父様になにか聞かれたら私は眠ってるって伝えて」
『……畏まりました』
カイの気配が遠ざかると、アオイは湯の中に沈んだ幻想的な光を放つ球型のオブジェを両手で包み込んだ。
(……夜が息苦しく感じる。早く朝になればいいのに……)
同じ城の最上階に部屋があるキュリオとアオイ。そのほとんどを父親の寝室で過ごすのが当たり前となっており、自分の部屋に閉じ籠ろうものならキュリオが迎えにくるのはわかっている。
「お城に居る限り逃げ場なんてない……」
アレスやカイの部屋に逃げれば罰を受けるのは彼らだ。だからこそこの部屋で籠城を決め込むしかないのだが、一体どれほどの抵抗ができるのだろう?
(鍵をかけて早めに眠ろう……そして朝早くにお城を出れば……)
手にしたオブジェをため息とともに湯へ沈めると水面下で反射したそれが湯殿の天井に光の波を映し、ここが湖の底であるかのような錯覚に陥る。
まるで魚が空に焦がれるように、外の世界へ憧れに似た恋しさがアオイの胸に広がっていく。
「そういえばシュウ……働いてるって言ってたっけ」
自立している彼ならばその経験を生かした将来像をすでに描いているかもしれない。
そう考えると、自分はなにが出来るのだろう? 学園を卒業したあとに待ち受けているのは再びこの城で過ごす……キュリオや皆の愛にあふれた毎日だ。
(こんなこと思っちゃいけない。お父様の愛が苦しいだなんて……)
やがて身を清めたアオイは寝間着に袖を通し、濡れた髪を整えながら扉を抜けて部屋に戻る。
「あ、アオイ姫様お帰りなさいませ!」
「ただいま……」
ベッドとは反対側にあたる広い空間に並べられたソファとテーブルのある場所にカイは立っていた。所狭しと置かれた料理が美味しそうに湯気を立てているが、咄嗟に気になったのは廊下に通じる扉の鍵だった。
「……? 如何なさいました?」
「ううん、なんでもない……。ね、カイも一緒に食べよう? 私ひとりじゃ食べきれないよ」
王と姫が家臣らと食事の席を共にすることは通常有り得ない。幼い頃からそうして過ごしてきたアオイとカイだが、学園へ通うようになってからはそのような垣根を壊してここでもカイやアレスと食卓を囲んでみたいと強く思うようになっていたのだ。
「……、アオイ姫様……」
"キュリオ様の意に反することだったらお助け出来ないのはわかってるよね"
思わず頬が緩んでしまいそうになるのをグッと堪えたカイが口元をキュッと引き締めて。
「……申し訳ありません。俺はもう先に頂いてしまいましたので、食べきれないときは残してくださって結構ですよ」
(……っ駄目だ、キュリオ様を裏切るわけにはっ……)
脳裏を過るアレスの忠告。愛しい姫の頼みとあらば何でも聞いてやりたいのが本音だが、王の命に背いて世話係を外されてしまったら元も子もない。
「……そっか、じゃあ仕方ないね」
寂しそうに俯いてフォークを手にしたアオイの姿に胸が痛む。彼女の心を救いたいと願いながらも逆に苦しめてしまっているという自覚がカイの決意を大きく揺るがす。
「お、俺っ! ご一緒できないことは多いですけど……いつも姫様のこと想っておりますから!」
「……ありがとう。私もカイのこと想ってるよ」
その言葉に顔をあげたアオイは嬉しそうに微笑んだ。
告白じみた発言にも優しく笑みを返しながら頷くアオイはきっと想い違いをしている。しかし、心の籠った言葉を交わすだけで得られる安心感というものがある。それを証拠に幼い姫の顔には柔和な表情が戻り、笑い声を聞かせてくれるようになった。
――こうして幾分気が紛れたアオイはカイとの穏やかな余韻を残しながらも扉が施錠されていることを確認し、早めの眠りへとついたが……その数時間後、目の前の光景に驚愕することとなろうとは思いもしなかった――。