狂気の王と永遠の愛(接吻)を~イベント編~
(これからどうしたらいいんだろう……お父様の御心はきっと変わらない。これ以上無理を言って学園に通わせてもらえなくなったら……)
キュリオの腕から逃れたアオイは姿勢を正す。
「お父様、私もっとお勉強頑張ります。お父様のお手伝いも頑張りますので、どうか……」
とは言っても、王であるキュリオの仕事が本気で手伝えるとは思えない。せいぜいキュリオが仕事をしやすいよう迷惑を掛けずに大人しくしているか、その環境を整えるくらいしかアオイにできることはないだろう。
「…………」
薄手の寝間着のまま深く頭を下げるアオイを見つめながら色々な思案を巡らせていた。
(昨夜見せた別の顔が本来のアオイとは考えにくい……不安定になった精神が別人格を生み出したのか?)
「あの……おとうさま……」
長く続く沈黙に不安を感じたアオイがキュリオの顔を覗き見る。
(もし後者だとすれば、これ以上アオイを追い詰めるのは逆効果か……)
今以上自由を奪われたくないアオイと、愛を拒絶されたくないキュリオの思惑が交差する。
やがて口を開いたのは美しい銀髪の青年の方だった。
「……わかった。条件は後に提示する。沙汰を待て」
「……、はい……」
普段アオイには使わない余所余所しい言葉使いに自然とアオイの視線は下がる。
(お父様のあの御言葉使い……やっぱり許してもらえないかもしれない)
決して駄目だと言われたわけではないのだが、快諾してくれるときのように笑顔があったわけでもなく、むしろ不本意なところを渋々承諾してくれた学院への入学の時ととても似ている。
上体を起こし無造作に髪をかき上げたキュリオがベッドから出ていくと、湯殿へと続く扉の音が室内にこだまする。
ひとり残されたアオイはこのままキュリオを待ったほうがいいのか、身だしなみを整えてここへ戻って来たらよいのか迷った挙句――
(お勉強とお父様のお手伝いをするって言ったのだから、早速行動しなきゃ)
いつまでも寝間着のままではキュリオの手伝いはできない。
キュリオよりも早く身支度を済ませ、この部屋に戻ってくることはできると考えたアオイは早速部屋を飛び出したが――
「あ! アオイ姫様おはようございますっ! 今日はお早いですね」
キュリオの部屋を出たとたん、兄弟のように育ってきた<剣士>のカイと出くわした。
いつも遅刻ギリギリのアオイがこの時間に起きているというのはかなり珍しいのだ。
「おはようカイ。うん、昨日早く眠ったお陰かも」
いつも爽やかに微笑んでくれる彼の笑顔に釣られてアオイの顔にも笑みが戻る。
「……お体の具合はどうですか? アオイ姫様のお部屋に行ったら扉が壊れていたので心配しましたが……キュリオ様のお部屋にいらしたのですね」
「……え? 扉が壊れてるって私の部屋の?」
目が点になって首を傾げている姫君にカイの不安が大きくなっていく。
「アオイ姫様は御存知なかったのですか? ……まさか姫様を狙った内部の犯行じゃ……」
この悠久の城の最上階、つまり王と姫の寝室があるこの階には強力な結界が張り巡らされている。
その結界が破られるなど到底考えられないが、立ち入りを許された者の犯行であったとしたら――……
「俺から離れないでくださいっ!! すぐにキュリオ様にお伝えしなくてはっっ!」
アオイの肩を抱き、キュリオの部屋をノックしようとしたカイより早く重厚な扉が開いて主が姿を現した。
「その必要はない。扉を壊したのは私だ」
「……っ!?」
「え……キュリオ様が?」
驚き立ち尽くすふたりに構うことなく、濡れ髪のままバスローブ姿のキュリオがアオイの手首を引いた。
「きゃっ」
「扉が壊れている部屋に戻るつもりか?」
責めるような鋭い瞳がアオイを貫く。
矢で射られたように身を竦ませたアオイだが、摑まれた手首をさらに引き寄せられてキュリオとの距離がぐっと縮まる。
「ごめんなさい……私、知らなくてっ……着替えようと思っていただけなんです」
「…………」
(私としたことが……失念していた)
困惑し揺れる瞳が怯えたようにこちらを見つめている。
幾度となく怒りを露にしたキュリオを見てきたアオイは、覚えがなくてとも謝罪する癖がついてしまっていた。そういうのも、キュリオに間違いなどあるはずがないとアオイ自身が確信しているからである。
「……謝らなくていい。お前は悪くない」
ふたりの間に生じた複雑な事情はあるが、破壊行動を起こしたのはキュリオであり、昨夜の記憶がないアオイが扉のことを知らないのは当然だった。
「キュリオ様、アオイ姫様のお部屋の扉は早急に修理いたしますのでっ……!」
アオイが責められていると判断したカイはキュリオの怒りをなんとか鎮めようと口を挟んだ。
「その必要はない。すでに手配している。カイは下がれ」
そう言ったきり、固く閉ざされた扉はカイの視界を遮って――。
「……お父様、ひとの出入りが始まる前にせめてお洋服だけでも持ってきてはいけませんか?」
「着替えはこの部屋にもあるだろう? 私が選んだものも随分増えている」
「……そんな、私はもう十分……」
ようやく手首を離してもらえたアオイ。先導して歩くキュリオの後ろをついていきながらキュリオの言った"随分"という言葉に嫌な予感がする。
溺れるほどの愛情を一身に受けてきたアオイはキュリオに贈られたものばかり身に纏っているが、如何せん数が多すぎる。ましてや学園に通うようになり、アレスやカイたちと外で泥だらけになって遊ぶこともなくなった今では、一日のうちに何度も着替えたりすることもない。
「お前は欲がなさ過ぎる。幼子の頃からそうだったが、もっと私に甘えるといい」
キュリオの知る欲の塊と言えば、女神一族……特に≺五の女神>であるマゼンタなどが最有力候補に挙げられる。
普段の生活こそキュリオの知るところではないが、<女神>の名を継ぐ彼女らにとって面子を保つためにも身に付ける物も纏う物も重要なのかもしれない。しかし、それを言ってしまえばアオイは誰よりもその資格があり、そんなことを抜きにしても着飾ってやりたいと思うのは親心と言えよう。
一方、当のアオイは壮絶な過去をもつ女神一族のことを敬い、キュリオと血の繋がらぬ自分に地位など必要ないとさえ思っている節がある。さらに彼女から見たマゼンタは"ご自分の気持ちに正直な方"だと言うのだからキュリオはもっと頭を悩ませる。
「ご覧。好きなものを着るといい」
キュリオが開いたクローゼットの扉から姿を現した衣装たちは右から左、所狭しと並んでアオイから言葉と血色を奪っていく。
どれもこれもが簡単に着ていいものとは思えない代物で、高価なものであることは一目瞭然だった。
「…………」
(……どうしよう、こんなにたくさん……なんて言ったらいいのかわからない。それに私、このあと学校なのに……)
キュリオの腕から逃れたアオイは姿勢を正す。
「お父様、私もっとお勉強頑張ります。お父様のお手伝いも頑張りますので、どうか……」
とは言っても、王であるキュリオの仕事が本気で手伝えるとは思えない。せいぜいキュリオが仕事をしやすいよう迷惑を掛けずに大人しくしているか、その環境を整えるくらいしかアオイにできることはないだろう。
「…………」
薄手の寝間着のまま深く頭を下げるアオイを見つめながら色々な思案を巡らせていた。
(昨夜見せた別の顔が本来のアオイとは考えにくい……不安定になった精神が別人格を生み出したのか?)
「あの……おとうさま……」
長く続く沈黙に不安を感じたアオイがキュリオの顔を覗き見る。
(もし後者だとすれば、これ以上アオイを追い詰めるのは逆効果か……)
今以上自由を奪われたくないアオイと、愛を拒絶されたくないキュリオの思惑が交差する。
やがて口を開いたのは美しい銀髪の青年の方だった。
「……わかった。条件は後に提示する。沙汰を待て」
「……、はい……」
普段アオイには使わない余所余所しい言葉使いに自然とアオイの視線は下がる。
(お父様のあの御言葉使い……やっぱり許してもらえないかもしれない)
決して駄目だと言われたわけではないのだが、快諾してくれるときのように笑顔があったわけでもなく、むしろ不本意なところを渋々承諾してくれた学院への入学の時ととても似ている。
上体を起こし無造作に髪をかき上げたキュリオがベッドから出ていくと、湯殿へと続く扉の音が室内にこだまする。
ひとり残されたアオイはこのままキュリオを待ったほうがいいのか、身だしなみを整えてここへ戻って来たらよいのか迷った挙句――
(お勉強とお父様のお手伝いをするって言ったのだから、早速行動しなきゃ)
いつまでも寝間着のままではキュリオの手伝いはできない。
キュリオよりも早く身支度を済ませ、この部屋に戻ってくることはできると考えたアオイは早速部屋を飛び出したが――
「あ! アオイ姫様おはようございますっ! 今日はお早いですね」
キュリオの部屋を出たとたん、兄弟のように育ってきた<剣士>のカイと出くわした。
いつも遅刻ギリギリのアオイがこの時間に起きているというのはかなり珍しいのだ。
「おはようカイ。うん、昨日早く眠ったお陰かも」
いつも爽やかに微笑んでくれる彼の笑顔に釣られてアオイの顔にも笑みが戻る。
「……お体の具合はどうですか? アオイ姫様のお部屋に行ったら扉が壊れていたので心配しましたが……キュリオ様のお部屋にいらしたのですね」
「……え? 扉が壊れてるって私の部屋の?」
目が点になって首を傾げている姫君にカイの不安が大きくなっていく。
「アオイ姫様は御存知なかったのですか? ……まさか姫様を狙った内部の犯行じゃ……」
この悠久の城の最上階、つまり王と姫の寝室があるこの階には強力な結界が張り巡らされている。
その結界が破られるなど到底考えられないが、立ち入りを許された者の犯行であったとしたら――……
「俺から離れないでくださいっ!! すぐにキュリオ様にお伝えしなくてはっっ!」
アオイの肩を抱き、キュリオの部屋をノックしようとしたカイより早く重厚な扉が開いて主が姿を現した。
「その必要はない。扉を壊したのは私だ」
「……っ!?」
「え……キュリオ様が?」
驚き立ち尽くすふたりに構うことなく、濡れ髪のままバスローブ姿のキュリオがアオイの手首を引いた。
「きゃっ」
「扉が壊れている部屋に戻るつもりか?」
責めるような鋭い瞳がアオイを貫く。
矢で射られたように身を竦ませたアオイだが、摑まれた手首をさらに引き寄せられてキュリオとの距離がぐっと縮まる。
「ごめんなさい……私、知らなくてっ……着替えようと思っていただけなんです」
「…………」
(私としたことが……失念していた)
困惑し揺れる瞳が怯えたようにこちらを見つめている。
幾度となく怒りを露にしたキュリオを見てきたアオイは、覚えがなくてとも謝罪する癖がついてしまっていた。そういうのも、キュリオに間違いなどあるはずがないとアオイ自身が確信しているからである。
「……謝らなくていい。お前は悪くない」
ふたりの間に生じた複雑な事情はあるが、破壊行動を起こしたのはキュリオであり、昨夜の記憶がないアオイが扉のことを知らないのは当然だった。
「キュリオ様、アオイ姫様のお部屋の扉は早急に修理いたしますのでっ……!」
アオイが責められていると判断したカイはキュリオの怒りをなんとか鎮めようと口を挟んだ。
「その必要はない。すでに手配している。カイは下がれ」
そう言ったきり、固く閉ざされた扉はカイの視界を遮って――。
「……お父様、ひとの出入りが始まる前にせめてお洋服だけでも持ってきてはいけませんか?」
「着替えはこの部屋にもあるだろう? 私が選んだものも随分増えている」
「……そんな、私はもう十分……」
ようやく手首を離してもらえたアオイ。先導して歩くキュリオの後ろをついていきながらキュリオの言った"随分"という言葉に嫌な予感がする。
溺れるほどの愛情を一身に受けてきたアオイはキュリオに贈られたものばかり身に纏っているが、如何せん数が多すぎる。ましてや学園に通うようになり、アレスやカイたちと外で泥だらけになって遊ぶこともなくなった今では、一日のうちに何度も着替えたりすることもない。
「お前は欲がなさ過ぎる。幼子の頃からそうだったが、もっと私に甘えるといい」
キュリオの知る欲の塊と言えば、女神一族……特に≺五の女神>であるマゼンタなどが最有力候補に挙げられる。
普段の生活こそキュリオの知るところではないが、<女神>の名を継ぐ彼女らにとって面子を保つためにも身に付ける物も纏う物も重要なのかもしれない。しかし、それを言ってしまえばアオイは誰よりもその資格があり、そんなことを抜きにしても着飾ってやりたいと思うのは親心と言えよう。
一方、当のアオイは壮絶な過去をもつ女神一族のことを敬い、キュリオと血の繋がらぬ自分に地位など必要ないとさえ思っている節がある。さらに彼女から見たマゼンタは"ご自分の気持ちに正直な方"だと言うのだからキュリオはもっと頭を悩ませる。
「ご覧。好きなものを着るといい」
キュリオが開いたクローゼットの扉から姿を現した衣装たちは右から左、所狭しと並んでアオイから言葉と血色を奪っていく。
どれもこれもが簡単に着ていいものとは思えない代物で、高価なものであることは一目瞭然だった。
「…………」
(……どうしよう、こんなにたくさん……なんて言ったらいいのかわからない。それに私、このあと学校なのに……)