傷つけたくない 抱きしめたい
答えないまま、雪夜くんは歩き出した。

慌てて私たちもついていく。


彼の足取りには迷いがなくて、やっぱり教会の場所をもともと知っていたように思えた。

来たことがあるのかな、と思いながら、何気なく自分の足許を見る。


交互に出てくるスニーカーの爪先。

地面に複雑な模様を作っている、木の葉の影。

両側から聞こえてくる蝉の声。

風にそよぐ梢の音。

肌に模様をつくる木洩れ陽。

涼しい木陰の上り坂、見えない先のほう。


懐かしい。

見たことがある。

既視感。


これと似たような景色を見たことがある気がする。

どこで見たのだろう。

いつ見たのだろう。


いや、現実ではなくて、夢だったかもしれない。


ぼんやりと考えながら、ゆるい上り坂をのぼっていく。


目を上げると、雪夜くんの背中があった。


いつものように、すこし猫背の背中。

白いシャツに落ちる、葉影と木洩れ陽。


どうしてだろう、頭に靄がかかったようにぼうっとする。

暑いからだろうか。


「……美冬? 大丈夫?」


突然、肩に触れられて、思わず震えた。

梨花ちゃんが心配そうな顔で覗きこんでくる。


「どうしたの、気分悪い?」

「ううん……ちがうの、なんかぼうっとしちゃって」

「ほんとに大丈夫? まさか熱中症じゃないよね」

「大丈夫、大丈夫。そんなんじゃないよ」


笑って手を振っていると、「おい」と雪夜くんの声がとんできた。


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