傷つけたくない 抱きしめたい
梨花ちゃんは私の額に手を当て、熱を計る仕草をしてから、

「屋根は崩れてなんかなかったはず、って言ったんだよ、美冬は」

と答えた。


そうだ、そんなことを言った気がする。

でも、なんでだろう。

ここは初めて来た場所なのに。

なぜか知っているような、来たことがあるような気がする、不思議なところだ。


もう一度、視線を上げて、青空が見える天井を眺める。

いや、やっぱり知らない場所だ。

こんなところには来たことがない。


ぼんやりと考えていると、

「それで、どういう不思議な話があるんだ?」

突然、雪夜くんの声が教会の中に響いた。


小さなホールのような造りをしているからか、やけに音が響く。


私はその声ではっと我に返り、雪夜くんのほうへ視線を向けた。


「この教会の十字架に願いをかけたら叶う、っていう噂だよ」

と梨花ちゃんが答える。


雪夜くんはちらりと私を見てから、ゆっくりと首を巡らせた。

その視線が、教会の前のほうに注がれる。


くすんでいるけれど美しいステンドグラスの窓。

その前にひっそりと佇む、埃をかぶった十字架。

左側の壁に設置された、小型のパイプオルガン。


私は無意識のうちに足を踏み出した。


オルガンの前に立つ。

白と黒が規則正しく並ぶ、美しい鍵盤。

気がついたら手を伸ばし、鍵盤に指をのせていた。


ざらりとした感触。

埃や細かい塵が鍵盤を薄くおおっていた。


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