傷つけたくない 抱きしめたい
それからしばらく教会の中を探索して、私たちは外に出た。


「……なんていうか、何も起こらなかったな」


先ほど上ってきた坂道を、今度は下りながら、嵐くんがぼやく。

隣で梨花ちゃんがこくりと頷いた。


「そうだね。まあ、普通の教会の、普通の十字架だったよね」

「だよな。あれが、願いを叶えてくれる十字架か……。こう言っちゃなんだけど、そんなふうには見えなかったよな」

「ま、噂なんてそんなもんかあ」

「とりあえず、これから街に言って、聞き込みしてみないとな」


前を行く二人のやりとりを聞きながら、私は不思議な気持ちになった。

二人はあの教会に行って、あの十字架を見て、『普通』としか思わなかったのだ。


それなのに、どうしてだろう。

私はあんなにも胸を打たれて、心が震えた。


教会の扉が開いた瞬間、息を呑んだ。

オルガンに触れた瞬間、鳥肌が立った。

十字架を見た瞬間、――なぜか泣きたくなるほどに、美しいと思った。


梨花ちゃんと嵐くんにとっては、何の変哲もない教会、気にもならないオルガン、普通の十字架だったのに。

私にとってだけ不思議な力があるような気がしたのは、どうしてなんだろう。


ふと、二歩ぶん後ろを歩いている雪夜くんの足音が耳に入ってきた。

振り向いて、その顔を見る。


「……ねえ、雪夜くん」

「……?」

「雪夜くんは、あの教会……あの十字架、どう思った?」


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