傷つけたくない 抱きしめたい
問いかけた途端、雪夜くんの顔が険しくなる。


眉間に深く刻まれたしわ。

じっと見下ろしてくる瞳。


まるで私の心の奥底まで覗き込もうとしているような、深くてまっすぐな視線だ。


薄い唇がわずかに開いて、お前、と声を洩らす。


「――お前、まさか、何か……」


言いかけた言葉はのみこまれた。

私は訝しく思って首を傾げ、じっと彼を見上げる。


雪夜くんはしばらく私を見つめ返してから、すいっと横を向いた。


「……なんとも、思わない」


ぽつりと零れる言葉。


よく聞こえなくて、私は「え?」と訊ね返す。

すると雪夜くんがちらりとこちらを見て、今度ははっきりとした声で、ゆっくりと繰り返した。


「どうも思わないし、なんとも思わない。あんな教会、なんでもない。なんでもない普通の教会だ」


きっぱりと言い切って、雪夜くんは足を早めて私から離れていった。


私は唖然としてその背中を見送る。

それくらい、雪夜くんの態度には不自然さがあった。

なんとも思わない、とやけに強調していたのが、不思議だった。

逆に、『もしかして教会に何かあるのかな』と思ってしまうくらいに。


たとえ雪夜くんがあの教会と何か関係があったとしても、私はそんなこと気にしないのに。

どうして雪夜くんはあんなにも厳しい表情で、あんなことを言ったのだろう。


訝しくは思ったものの、訊けるはずもなく、心の片隅に少しのひっかかりを残したまま、私はそのことをすっかり忘れてしまった。


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