傷つけたくない 抱きしめたい
「雪夜くん、大丈夫?」


私が訊ねると、彼は唇を震わせてから、


「美冬……まさか……」


と呟いた。


私はこくりと頷く。

それから口を開いて、彼の言葉に答えた。


「思い出したよ……全部。ずっと忘れててごめんね、雪夜くん……」


その瞬間、雪夜くんの表情が崩れた。


苦しげに浅い息を吐き、両手で顔を覆って、その場に崩れ落ちる。


「雪夜くん!」


私は慌てて駆け寄り、横にしゃがみこんだ。


「……で……」


雪夜くんは声にならない声で言った。


「なんで……? なんでだよ……。なんで、思い出しちゃったんだよ……、くそ……っ」


聞いているこちらが泣きそうになってしまうほど、あまりに悲しげな声だった。


「俺が、俺がどんな思いで……! お前が絶対に何も思い出さないように、無視して、何も見せないように、隠してきたのに……なんで……っ!」


悔しそうに、何度も拳で地面を打つ。


「だめ! 怪我しちゃう……」


私は雪夜くんの手を両手で包み込み、それに頬を寄せた。

握りしめた彼の拳は、かたかたと震えていた。


「……ごめんね。でも、思い出しちゃったの」

「なんで……、昨日のライブか? くそ、やっぱりやめとけばよかった……っ」


雪夜くんの手に頬を当てたまま、ふるふると首を横に振る。


「違うよ。それだけじゃなくて……」


私は鞄の中から思い出の品を取り出し、彼に見せた。


折り紙のチューリップ。

使っていない絆創膏。

ピアノ柄のペンケース。

銀色のネックレス。

『Am Dm G C……』と書かれたノートの切れ端。


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