29歳、処女。
「処女って、そんなに嫌なもん?」


「嫌っていうか………焦ります」



喜多嶋さんが心底不思議そうに訊いてくるので、私も思わず素直に答えてしまった。



「だって、この年でとか………おかしいじゃないですか。みんな、当たり前みたいに経験済みだし」


「他人は他人だろ」


「それはそうですけど、なんて言うか、このままじゃだめでしょ?」


「そうかあ? 焦ってやるもんでもないだろ」



私がどんなに必死で訴えても、喜多嶋さんはどこ吹く風でひょうひょうとしている。




どうせ他人事だからだ。


私はうつむいて唇を噛む。


私の気持ちが喜多嶋さんに分かるわけがない。



さらりと一線を越えて、当たり前みたいに経験を済ませることができた人たちには分からない。


男だろうと女だろうと、私みたいな人間の気持ちなんて、絶対に分からない。



私にとって、その一線がどれほど深くて大きな川だったか、分かるわけがない。




「そんなにセックスしたいのかよ?」



喜多嶋さんは、また不思議そうに訊ねてくる。


でも、訊き方があまりにも直球で、やっとさめかけた顔がまた熱くなってくるのを感じた。





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