29歳、処女。
「乾杯!」


「乾杯です、今日も一日お疲れ様でした」


「ああ、仕事終わりの一杯、最高だな」



喜多嶋さんはジョッキの半分ほどを一気に飲み干して、さっぱりとした顔で笑った。



いつも思うけど、喜多嶋さんは、気に入らないことがあったらすぐ不機嫌な顔をするし、好きなことをしているときは満面の笑みになる。


まるで子どもみたいだ。


こんなに感情が顔に出やすい人を、私は見たことがない。



「さて、酒も出てきたことだし、本題に入るか」



さっきのやりとりなんてすっかり忘れてしまったかのように、喜多嶋さんはにんまりと笑う。



本題、というのは、もちろん。



「高梨雛子処女卒業問題」



あいかわらず、なんのデリカシーもないボリュームの声で言われて、私は焦った。



「ちょっと、喜多嶋さん! まわりに聞こえちゃいますから~」



情けなく声をあげたものの、やっぱり喜多嶋さんはどこ吹く風、という表情だ。



「いいじゃないか、べつに。いまこの店に居合わせた人間なんて、どうせただの通りすがりなんだから、もう一生会うこともないだろ」



そんな適当なことを言いながら、喜多嶋さんはサラダを食べ始めた。


本当に、私の気持ちが伝わらない。

このひと、宇宙人?



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