29歳、処女。
その瞬間、私の視界は真っ暗になった。


驚いて「わっ」と声をあげたけど、すぐに、喜多嶋さんが私の頭に服をかぶせて来たのだと気づく。



「………バカ雛子。大人をからかうんじゃない!」



私はかぶせられた服をつかんで下げて、視界を確保した。

それから、顔を背けている喜多嶋さんに言い返す。



「私も大人です」


「アホか。処女は大人じゃない、ガキだ」



前言撤回。

やっぱりこんなひと、かわいくなんかない。



「いいから、早く着替えろ!」



喜多嶋さんは私に服を持たせ、両肩をつかんでくるりと反転させると、試着室に押し込んだ。



試着室のドアが閉められて、私は渡された服を広げてまじまじと眺める。


危惧していたほど派手なわけじゃなくてほっとしたけど、やっぱり、普段着ないような服を着るのは、なんだか緊張してしまう。


そんなことを考えながらしばらくぼんやりしていると。



「おい、雛子。遅いぞ! なにちんたらしてるんだよ、俺を待たせるな! 時間泥棒は最大の罪だぞ」



ドアの向こうから喜多嶋さんの声。



「あっ、はい! すぐ着替えます!」



私は慌ててカーディガンを脱ぎ、ワンピースの肩紐を落とす。




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