29歳、処女。
「まあ、心配すんな」



喜多嶋さんがふいに足を止めた。


反応が遅れた私は、その背中にぶつかりそうになって慌てて後ずさりをする。



すると喜多嶋さんがぐっと距離をつめてきたので、私は思わず肩をすくめてさらに一歩下がった。



背中が壁にあたり、これ以上は下がれない。


私はなんだかどきどきしながら、上目づかいに喜多嶋さんを見上げる。



喜多嶋さんはにやりと笑って、まっすぐに私を見つめ返してくる。


それからおもむろに手をあげて、ゆるりと近づけてきた。



「………お前が思ってるほど、悪くないぞ」



そう小さく呟きながら、喜多嶋さんは笑って、



「このへんとか。なかなかいいよ」



私の首筋に軽く触れる。


思わぬ感触に、私はぴくりと身体を震わせた。



喜多嶋さんの指は後ろ首にまわり、うなじの後れ毛のあたりをふっとかすめる。


ぞくりと背筋になにかが走った。



「………きっ、喜多嶋さん……」



声が裏返ってしまった。


くす、と小さく笑う喜多嶋さん。



「情けねえ声」



むにっと鼻をつままれる。



「お前さ、ここで『あっ』とかなんとか、甘い吐息まじりの声のひとつやふたつ、出せないもんかね」



甘い吐息まじりの声、ですと?

何度も繰り返しますが、なんて破廉恥な!



「ま、無理だろうなあ」



分かってるなら言わないでくださいよ。



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