29歳、処女。
「目、覚めたか」



呆然としていると、不意に声がしたので、飛び上がるほど驚いた。


声のしたほうを見ると、ドアの隙間から、



「………きっ、きき喜多嶋さん!?」



が顔を出している。


喜多嶋さんは小さく笑って、



「だから、俺はキッキキキタジマじゃねえって言ってるだろ。ま、元気みたいだな」



と言った。



「ど………どうして喜多嶋さんがこんなところに?」



訊ねると、喜多嶋さんは鳩が豆鉄砲でも食らったような顔になった。



「は? なに、お前、まさか記憶喪失だとか言うんじゃないだろうな? やめてくれよ」



その言葉を聞いた途端、私は全てを思い出した。



「あっ、そうだ! 私、服屋さんで倒れて………」


「そうだよ。まったく、人騒がせなやつだ。いきなりぶっ倒れるから大騒ぎだったんだぞ」


「えええ、そうなんですか………」


「救急車呼ぶの呼ばないのって、店のやつらがあわてふためいて」


「うわああ、本当ですか? もうほんと申し訳ない、ご迷惑おかけして………」


「まあ、迷惑はいつもかけられてるけどな。仕事で」



喜多嶋さんは意地悪い笑みを浮かべた。




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