29歳、処女。
マグカップの中には、うっすらと黄色がかった白い液体。


ふわ、と漂う、柔らかく甘い香り。


カップを包み込んだ両手がほんのりと温まる。



「………ホットミルク」



思わず呟いた。


喜多嶋さんがにやりと笑う。



「しかも、蜂蜜いりだぞ。豪華だろ」



私はマグカップに顔を近づけ、くんくんと匂いをかぐ。


牛乳と蜂蜜の甘い香り。



「幸せのにおいだ」



気がついたら言葉が唇からこぼれていた。


それを聞いた喜多嶋さんが、「あー、それ分かるわ」と頷く。



「風邪ひきかけたりすると、お袋が作ってくれてたんだよな、ホットミルク。懐かしいな」


「うちもそうでした。でも、自分じゃなかなか作らないし、すごく久しぶりです」


「俺もそんなん自分で作ったの初めてだな。この家に蜂蜜あったのとか、奇跡だよ」



喜多嶋さんがおかしそうに目を細めて笑った。


その表情が、見たこともないくらい優しくて、驚いてしまう。


喜多嶋さんって、こんな顔もできるんだ。

でも、そんなことを口に出したら怒られそうな気がするので、言わない。


その代わりに、


「ありがとうございます。いただきます」


と私は言った。




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