29歳、処女。
奢られるいわれがありません、と言おうと思ったけど、喜多嶋さんが有無を言わせない表情をしているので、仕方なく口をつぐむ。



「男が奢ってやるとか買ってやるとか言ったときは、黙って受け取ればいいんだよ。それで全力拒否されたら、こっちは情けない気分になるだろ」


「………はあ、そういうものですか」



頷きつつも、やっぱりどこか引っ掛かる。


意味もなくおごられたりするのは、何だか居心地が悪い。



「でも、ふつう奢ったり何か買ってあげたりって、付き合ってる人どうしてやることですよね。私と喜多嶋さんは、そういうわけじゃないですし」


「先輩が後輩におごるのは当たり前だろ」


「それは、まあ………でも、ご飯なら分かりますけど、服なんて」


「同じだよ」


「そうですか?」



まだ納得しきれないでいると、喜多嶋さんがふうっとため息を吐き出した。



「………これはまあ、謝罪の意味も入ってるんだよ。だから、大人しく貰ってくれ」


「え? 謝罪?」


「………まさか雛子が、倒れるくらいあの店にいるのが嫌だったなんて、思わなかった。それとも、その服が嫌だったのか?」


「え………?」


「無理させてごめんな」



喜多嶋さんはいつになく真摯な目で、すこし眉をさげて私を見つめていた。


初めて見る表情、そして初めて聞く優しい言葉。


私は驚きのあまり硬直してしまった。




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