29歳、処女。
呆然としながら、喜多嶋さんの言葉を頭の中で反芻する。



倒れるくらい、あの店にいるのが嫌だった?

倒れるくらい、この服を着るのが嫌だった?


そんなことはない。


あの店は私なんか場違いだとは思ったけど、嫌なわけではなかった。

むしろ、自分ひとりでは入れないおしゃれな店だったから、嬉しくもあった。


この服だって、自分では絶対に選ばないものだけど、こんな素敵な服を着られるのは素直に嬉しい。



………じゃあ、どうして私は、気を失ったりしてしまったんだっけ。



懸命に考えて、その時のことを思い出した途端、一瞬にして私の顔は燃えるように熱くなった。



「………え、雛子? どうした急に」



喜多嶋さんが戸惑ったように腰をあげ、覗きこむように顔を近づけてくる。


そんな仕草をされるのは、完全に逆効果だった。



「おい、雛子? 具合わるいのか?」



私は顔を両手で覆い隠して、ふるふると首を横に振った。



「ちがいます………思い出したら、急に、は、恥ずかしくて」


「思い出した? 何を」


「お店で、あの………恥ずかしい………」


「その服が恥ずかしいのか?」


「ちがいます、そうじゃなくて、喜多嶋さんが」


「は? 俺がどうしたって?」




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