29歳、処女。
鏡の中の私は、たしかに別人のように見えた。



ゆるく波うつ髪はまとめて左側に流され、前髪も同じように左に流れている。


右側の首筋から鎖骨にかけてが丸見えになっていた。



「………うわ」



思わず変な声をあげてしまう。


喜多嶋さんがにっと笑い、私の耳のすぐ横に顔をもってきて、鏡越しに目を合わせてきた。



「ほら、なかなかいいだろ」


「………」



なんと答えればいいか分からない。


でも、たしかに、いつもの自分とは全然ちがう私がそこにいた。



いつも髪は結んだりせずに垂らしているので、首まわりは髪に隠れている。


その部分があらわになっていることが落ち着かないし、恥ずかしい。



でも、そのせいか、いつもよりも大人っぽく見えるような気がした。


アラサーのくせに大人っぽいもなにもないだろ、とも思うけど。



「うん、これなら少しガードが緩んだなって感じがするよ」



喜多嶋さんがくすりと笑って、おどけた口調で、



「触りたくなる」



と言った。


かあっと頭に血が昇る。



「………か、らかわないでください」


「からかってねえよ。本心で言ってる」



真顔で言いながら、喜多嶋さんが首筋に口許を寄せてくる。



「………っ」



私は反射的に身体を引き、喜多嶋さんの胸のあたりに両手を突っ張った。



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