29歳、処女。
「………そんな全力で拒否るなよ」



喜多嶋さんが眉をさげて呟いた。


その顔が悲しげに見えて、私は息をのむ。



「拒否なんか………」



してません、と言おうとした瞬間、喜多嶋さんの顔がふっと微笑んだ。



「ごめん、冗談。困らせたな」



くしゃりと頭を撫でられる。


それからまた、その手に髪を整えられた。



「まあ、たまにはこういう髪型もしてみろよ。なかなか似合ってるよ」


「………」



なんだか普段と違いすぎて、どう反応すればいいか分からない。


それを察してくれたのか、喜多嶋さんが空気を変えるように、



「さあ、そろそろ行け。遅くなるからな」



と言った。


私はこくりと頷き、洗面所を出る。



「バッグと服はこれでいいか?」



喜多嶋さんがリビングから私の荷物を持って来てくれた。



「ありがとうございます。すみません、なんか、いろいろご迷惑おかけしちゃって………」



今日一日のことを思い返すと、なんだか迷惑をかけっぱなしだったと反省の念が込み上げてきた。



「まあ、それはいつものことだから」



喜多嶋さんがいつものように軽口を叩いてくれたので、少しほっとする。


さっきまでの雰囲気が続いていたら、もうこれ以上耐えられそうになかった。





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