29歳、処女。
二人で並んで駅までの道を歩く。


喜多嶋さんが何も言わないので、私も口を開けない。



いつもどんな話をしていたっけ、と考えながら歩いていたせいか、小石につまづいてよろけてしまった。



「あぶな」



喜多嶋さんがぱっと手首をつかんでくれる。



すみません、とつぶやいて俯いた。


顔が火照ってくる。


暗くてよかった、と思った。



「もしかして、疲れてるか?」



喜多嶋さんがそう言って顔を覗きこんできた。


私は首を横に振る。



「今日は連れ回しちゃったしな、慣れないことばっかで疲れただろ」



喜多嶋さんは目を細めて、ぽん、と私の頭に手を置いた。



連れ回されて疲れたというよりは、むしろ、どきどきさせられて疲れたような気がする。


でも、そんなことは言えない。



「そんなことありません。むしろ感謝してます」



なんとかそれだけを伝えて、私はまた歩き出した。


隣を歩く喜多嶋さんの気配を感じる。


夜風が火照った頬に心地よかった。



周りに店が増えてきて、駅が近づいてきたのだと分かった。


しばらく行くと、改札が見えてきた。



「あの、ここで大丈夫です」



私が足を止めると、喜多嶋さんが「そうか」と頷いた。



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