29歳、処女。
「じゃ、気をつけてな」


「はい。あの、本当に今日はありがとうございました」


「ん。また明日な」



喜多嶋さんが軽く手を挙げ、そのまま腕組みをして私を見ている。


どうやら、駅に入るところまで見送ってくれるつもりらしい。



申し訳がない気もしたけど、しかたがないので、


「失礼します」


と頭を下げて、踵を返した。



改札を抜けて、ちらりと振り返る。


喜多嶋さんはまだ腕を組んだままこちらを見ていた。


驚いてもう一度会釈をする。

喜多嶋さんが小さく頷いた。


ホームに続く階段をのぼっている途中、外向きの壁に窓を見つけた。

下を見ると、喜多嶋さんがゆったりとした足どりで来た道を戻っていくの姿が見えた。


そこで、ふと気つく。

来る途中にはコンビニがなかった。

それに、喜多嶋さんは財布をもっているようにも見えなかった。



「………なに、それ」



やっぱり私を送ってくれたんだ、と知ってしまった。


ぼっと顔が熱くなる。



二人で街を歩いたこと、喜多嶋さんの部屋で二人きりだったこと。


今日の私たちは、まるで、デートをするカップルのように見えたんじゃないか。



「………恥ずかしい」



今さらになって羞恥が込み上げてきて、電車に乗り込んでからも、私は鼓動と火照りをおさめるのに必死だった。




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