29歳、処女。
「じゃあ、体調悪いとか?」


「いえ、悪くはないです」


「じゃあ、もう一杯くらい付き合えよ」



そう言って喜多嶋さんが店員に向かって手をあげたので、私は慌ててその手を押さえた。



「ちょっと、喜多嶋さん!」


「なんだよ」


「頼みませんから」


「なんでだよ」


「………飲めなくはないんですけど、あんまり飲まないようにしてるんです」


「だから、なんでだよ」



喜多嶋さんが訝しげに訊いてきたので、私は仕方なく答える。



「………あの、私、あんまりいい酔い方しないみたいなので………だから、外ではセーブしてるんです」



目をそらしながら答えると、喜多嶋さんが「は?」と驚いたように声をあげた。



「いい酔い方しない? どういうことだよ」



それはあんまり聞かれたくない。


でも、喜多嶋さんの追及から逃れられるわけがなくて。



「―――学生のときの飲み会で、一度、すごくたくさん飲んじゃったことがあって」


「おう」


「それで、あの、あんまり覚えてないんですけど」


「ふうん、記憶なくなっちゃう系か」


「はい、そうみたいで。しかも、記憶のない間に、どうやらかなり失礼なことを先輩に言ってしまったか、やってしまったらしく」


「へえ」


「次の日に友達が、『雛子はお酒飲みすぎちゃ駄目だよ、絶対!』って言ってきたんです。だからそれ以来、量に気をつけて、記憶飛ばしちゃわないようにしてるんです」




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