29歳、処女。
きょとんとして答えた瞬間、喜多嶋さんが意表を突かれたように目を丸くした。



「は? お前、処女なんだろ?」


「わあ、だから声おっきいですって!」


「いいんだよ、そんなことは」


「よくないー」


「なんで処女のくせに彼氏いたことあるんだよ」



そう訊ねてきた喜多嶋さんの顔があまりにも真剣だったので、私はふわふわした気分のまま正直に答える。



「だからー、彼氏はいたんですけど、そこまでいかなかったってことですよ………」



喜多嶋さんが難しい顔で私をじっと見ている。


それから両手で顔を覆った。



「………喜多嶋さん?」


「………んだよ、それ。詐欺だろ………」


「はい? なんて? サギ?」


「………っ」



喜多嶋さんが唐突に席を立った。


私は驚いてぽかんと見上げる。



「………出るぞ、雛子」


「えっ、どうしたんですか、急に」


「うるさい、つべこべ言うな。先輩命令だ、言うことを聞け」


「………はあ」



私はしかたなく箸を置いた。

ちらりと目を向けてみたけど、喜多嶋さんは顔を少し背けていて、間接照明の店内では、その表情は見えなかった。



立ち上がろうとテーブルに手をつき、腰を上げた瞬間、


「あ、」


ぐらりとよろけてしまった。


酔いが足下に来てしまったらしい。



「おい、こら」



すぐに喜多嶋さんが私の腕をつかんでくれた。



「………この、酔っ払い」


「す、すみません………」


「ほら、行くぞ」



喜多嶋さんは私が転ばないように手を引いたまま、レジへと向かった。



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