29歳、処女。







「喜多嶋さーん、どこ行くんですかー?」



店を出て、私の手を引っ張ったまま前を向いて歩く喜多嶋さん。

そのまっすぐな背中に声をかける。



「ねえ、喜多嶋さん」


「うるさい。黙ってついてこい」


「………はあーい」



肩をすくめて答えると、喜多嶋さんがちらりと振り向いた。



「………お前、それ、わざとか?」


「へ?」


「いや、なんでもない」


「?」



なんだか今日は喜多嶋さんの様子が変だ。


不思議に思いながら歩いていたせいか、小さな段差に足を引っかけてしまった。


つまづいた途端に喜多嶋さんがぐっと私の腕を引いた。



思いがけない力強さに驚いて視線を落とす。


大きな手に握りこまれた自分の手首を認めた瞬間、どきりと心臓が震えた。



酔って頭がぼんやりしていたせいであまり気にしていなかったけど、こんなふうに男の人に手をつかまれたのは初めてだった。


手をつないだことさえ、たった一度しかないのだ。



どきどきしながら目をあげると、思ったよりずっと近くに喜多嶋さんの瞳があった。



「………雛子。今からお前に質問をする」


「………? はい」


「正直に答えろよ」



そんな前置きをされなくても、私は喜多嶋さんに嘘なんかつけない。



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