29歳、処女。
「………付き合いだしてしばらくした頃、デートの帰りに彼の部屋に呼ばれて、そして、『今日は泊まっていったら』って言われました。そういうことかな、ってなんとなく分かって………」


「………」


「まだ心の準備はできてなかったんですけど、いつまでもそんなこと言ってられないと思って、覚悟を決めました。それでも、いざとなったらすごく緊張して、怖くて」


「………」


「初めてなので勝手が分からないから、お気遣いよろしくお願いします、って頭を下げました」


「………ははっ、雛子らしいな」



喜多嶋さんが小さく噴き出した。


今まで黙っていただけに、ちゃんと反応してくれたのが妙に嬉しかった。



「とにかく緊張して。上手くいくかなって不安で。だから先にお願いしとこうって思ったんです。………でも、初めてだって打ち明けた途端………」



その時のことを思い出すと、いまでも胸の奥のほうが苦しくなる。


いやな思い出だから、あまり思い出さないようにしていた。

だから、久しぶりに思い出すと、情けなくて泣きたくなる。



「………彼が、急に顔をしかめて、言ったんです。『えっ、マジかよ、ありえねえ』って」


「は?」



喜多嶋さんの表情が、がらりと不機嫌なものになった。



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