29歳、処女。
「………喜多嶋さん」


「ん?」



喜多嶋さんはまだ可笑しそうにくすくす笑っている。


どきどきとうるさい胸を押さえながら、私はじっと喜多嶋さんを見つめ返した。


ふいに吹いた夜風がひんやりと心地よくて、自分の頬がひどく火照っているのを自覚させられる。



「………あの、これはいったい、どういう状況なんでしょうか」



抱きしめられたまま、ぼそりと訊ねる。


喜多嶋さんは一瞬、言葉につまったような表情をして、それから細く息を吐いた。



「……ったく、ムードもへったくれも通じねえ………」


「え? なんて?」


「お前は馬鹿だって言ったんだよ」


「ええ? なんですか急に」



驚いて顔をあげると、あまりの近さにすぐに目を逸らしてしまった。


喜多嶋さんは私の肩を抱く手にぐっと力をこめて、「馬鹿だよ」とつぶやく。



「そんな下らない男のつまらない言葉に馬鹿正直に傷ついて、馬鹿以外の何者でもない」


「………」


「どうせそのせいで男性恐怖症になったとか、そういうやつだろ」


「えっ、なんで分かるんですか」


「分かるよ。お前、男としゃべるとき、変に距離とるクセがあるからな。なんか拒否ってるなって思ってたよ」



私は言葉もなく喜多嶋さんを見る。


誰にも話したことがなかったし、誰にも気づかれないように上手く取り繕っていたつもりだった。


男の人に自分の秘密を知られたら、気持ち悪がられてしまうんじゃないかと思ってしまうこと。



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