29歳、処女。
「………よく気づきましたね」



そう言うと、喜多嶋さんが「当たり前だろ」とうそぶいた。



「ずっと見てたんだから」


「………え?」



ずっと見てた?

喜多嶋さんが、私を?



聞き間違いかと目を上げると、すぐ近くで目が合った。


その瞬間、喜多嶋さんが顔をしかめてそっぽを向いた。



「………勘違いすんなよ。後輩のこと観察するのは、先輩としては当然だろうが」



ぽつりともれたつぶやきを聞いて、私は「なるほど」と頷いた。



「そういう意味ですか。そうですよね、私が後輩だから………」



言いながら、自分の声が震えているのに気づいてしまう。


ああ、私、ショック受けてる。


喜多嶋さんに気付かれないように、なんとか笑みを浮かべた。



「さすが喜多嶋さん、出来る先輩………」


「………馬鹿」



言いかけたとき、喜多嶋さんに言葉を遮られた。



「真に受けるな。行間を読め」



喜多嶋さんが身体を離し、じっと目を見つめてくる。


私を包んでいた体温が急になくなり、寒い、と思った。



「………え? 行間?」



首を傾げて訊ね返すと、喜多嶋さんが一瞬口を閉じ、それからふっと唇を開いた。


言葉がもれかけた瞬間。



「―――あれ? 喜多嶋?」



背後から唐突に声が聞こえた。



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