29歳、処女。
「………あ」



喜多嶋さんが目を丸くしている。


その視線を追って振り向くと、スーツ姿の男の人が三、四人立っていた。


一番前に立ち、こちらを見ているのは。



「―――相羽さん」



憧れの先輩、相羽さんだった。


思わず名前を呟いたとたん、喜多嶋さんを見ていた相羽さんの目線が動き、私の上に止まる。



「………えっ、高梨さん?」



驚いたように目を剥いた相羽さんが、私と喜多嶋さんを交互に見る。



「ええっ、知らなかった、そうだったのか。ごめん、邪魔して。じゃあ、また明日な」



気まずそうな笑みを浮かべて、そそくさと立ち去っていく相羽さんの後ろ姿を呆然と見る。


一瞬考えて、やっと分かった。

たぶん相羽さんは、私と喜多嶋さんが付き合っていると思ったんだろう。



「………あー、そうだったな。そうか、お前………」



相羽さんを目で追う私を見ていたらしい喜多嶋さんが、低く言った。



「え?」



振り返って喜多嶋さんに向き直ると、喜多嶋さんは顔をしかめ、片手で髪をかきまぜていた。


それからふうっと息を吐き出して、「いいのかよ?」と言う。



「追いかけなくていいのか?」


「え……?」


「相羽、追いかけなくていいのか?」


「………」


「好きなんだろ、あいつのこと」



私は言葉を失って喜多嶋さんをただ見つめ返した。



「………な、なんで」


「分かるよ、ずっと見てたんだから」



喜多嶋さんは短く答え、目をそらした。



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