29歳、処女。
*
「………あの、喜多嶋さん」
「ん?」
目の前で私の化粧ポーチを開け、どこかうきうきとした表情を浮かべている喜多嶋さんに、おそるおそる訊ねる。
「喜多嶋さんって、メイク、できるんですか」
もしかして美容系の学校に通っていたことがあるのか、とか、実は女装の趣味が!? とか、色々と頭の中で考えてしまう。
でも、返ってきた答えは。
「やったことねえけど、まあ、なんとかなるだろ」
喜多嶋さんはけろりと言って、アイシャドウを取り出した。
「ええっ? 大丈夫ですか………」
「安心しろ。俺は図画工作の成績は4か5しか取ったことないから」
「ええ………それってなんの関係が」
「化粧と絵なんて同じようなもんだろ」
「初耳です」
「つべこべうるさいな。俺が言うんだから大丈夫なんだよ」
喜多嶋さんはにんまりと笑って、チップにシャドウをとった。
「目、つぶれ」
「はい………」
やっぱり逆らえない。
喜多嶋さんの言葉には不思議な力があるみたいだ。
有無を言わせない、でも、きっとこの人の言う通りにすれば何とかなる、と思わせる力。
目を閉じると、瞼にチップが触れるのを感じた。
「………んん、くすぐったいです」
「耐えろ」
「もう………」
「お、けっこうくっきり色が出るんだな」
喜多嶋さんはやけに楽しそうだ。
ぜったい面白がってる、と思いながら、私はされるがままになる。